はじめに

世界規模で安心、安全な社会づくりが求められています。そこで注目を集めているのが警備という事業です。警備業とは「警備業法に基づく制限の範囲内で行う業務」のことで、主に「施設警備(1号業務)」「交通・雑踏警備(2号業務)」「貴重品等運搬警備(3号業務)」「身辺警備(4号業務)」の四つに分類されています。大手警備会社ではこれらの警備業務に加えて、最近では情報セキュリティー、つまりネットワーク不正アクセスなどに対する監視などのサービス提供も行なっています。警備業が活躍するフィールドはますます大きくなっています。

警備業が始まったのは欧米

多くの書物や資料によると、事故、破壊、盗難などの発生に備え、警戒や防護を行う「警備業」が始まったのは1800年代、19世紀のアメリカにおいて、と言われています。列車強盗への対策として、警備を行ったピンカートン探偵社は世界初の警備会社と言われています。

ピンカートン探偵社は1850年代、大統領選挙で立候補者だったエイブラハム・リンカーンの暗殺計画を未然に防いだことで有名になったアラン・ピンカートンがシカゴに設立した私立探偵事務所であり、その業務の一つが警備だったのです。

日本の警備業は1962年にスタート

日本で最初に専業の警備会社ができたのは1962年3月のことです。神戸港で船舶貨物の保全警備、港湾警備を行うために設立されたのが日本船貨保全株式会社、現在の株式会社大日警です。

そして、現在のような巡回警備や身辺警備のような総合的な警備業務を行うため、同年7月に設立されたのが日本警備保障株式会社、現在のセコム株式会社です。日本警備保障は1964年に開催された東京オリンピック選手村の警備で脚光を浴びました。

また、日本船貨保全や日本警備保障が創業したその3年後の1965年には総合警備保障株式会社が誕生。さらに1966年になると東洋警備保障株式会社、つまり現在の東洋テック株式会社が関西初の警備会社として誕生、同年、セントラル警備保障株式会社や株式会社全日警といった、現在の大手警備会社が設立されました。

セコムを創業した飯田亮氏と戸田壽一氏

現在の施設警備における常駐警備や保安警備、工事現場などでの交通・雑踏警備、貴重品などを運搬する際の警備・警戒、さらには対象者身辺の警備・警戒といった総合的な警備という事業を日本で最初に始めたのが、日本警備保障株式会社、現在のセコム株式会社を創業した飯田亮氏と戸田壽一氏です。

飯田は男ばかりの兄弟5人の5男坊で、上の兄が岡永に勤めていたため独立を考え始めていました。当時、学生時代の友人であった戸田壽一(創業者、前・最高顧問)とは時々飲み、将来の独立を語り合う仲だったのです。

https://www.secom.co.jp/corporate/vision/story01.html セコム創業期物語「第1回 創業者2人が創業を決めた時」

 

創業の前年の1961年、飯田亮氏と戸田壽一氏はヨーロッパから戻った共通の友人に欧米におけるセキュリティー会社の概念、警備の概念を聞いたそうです。まだ、日本にない全く新しい事業であることから、飯田亮氏と戸田壽一氏は警備会社の創業を決断しました。

わが国初の警備保障会社、日本警備保障(株)を創業した飯田亮と戸田寿一は、創業の前年、ヨーロッパから戻った共通の友人から、「欧米にはセキュリティ会社があり、警備という仕事がある」と聞き、まだ日本にない新しい事業であることから創業を決断しました。

https://www.secom.co.jp/corporate/vision/history.html セコムグループの歩み

セコム創業時、戸田壽一氏は飯田亮氏に対してナンバー2に徹することを約束し、生涯、飯田氏を支えていたため、セコムの沿革が語られるとき、戸田壽一氏の名前があまり出てこないのはナンバー2の役割に徹して、表に出ることが少なかったからのようです。

ALSOKを創業した村井順氏

もう一つの大手民間警備会社、ALSOK、つまり総合警備保障が設立したのは内務・警察官僚も勤めた村井順氏です。村井順氏は内務省に入省し主に警察畑を歩いた方で、1946年、第一次吉田内閣の総理秘書官、1952年に初代の内閣官房調査室長、1964年には東京オリンピック組織委員会事務局次長に就任しました。

村井は新情報機関設立に関して「内閣情報室設置運営要領」という案を提出しており、吉田・緒方の2人の賛同を得て、1952年(昭和27年)4月、内閣総理大臣官房調査室が設置され、村井は初代内閣総理大臣官房調査室長に就任した。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E9%A0%86 Wikipedia

飯田亮氏と戸田壽一氏がセコム(日本警備保障)を設立してから3年後の1965年、ALSOK(総合警備保障)を立ち上げます。同社が最初に請け負った業務は初楽器メーカーの現金護衛だったといいます。その後、百貨店での常駐警備業務、羽田空港警備、巡回機動警備、都市銀行での常駐警備、とその警備業務を拡大していきました。

森田健三氏が創業したCSP

1966年、「仕事を通じ社会に寄与する」「会社に関係するすべての人々の幸福を追求する」という創業理念を持って、森田健三氏が設立したのがセントラル警備保障(CSP)です。

セントラル警備保障が大きな注目を浴びたのは設立の年、1966年、来日したビートルズの身辺警備を請け負ったことでした。

当時、警視庁はビートルズ対策会議を開き、35,000人の警備員と機動隊を投入というこれまでにない、大規模な警備体制を敷きました。この警備体制は1964年の東京オリンピックの時以上の体制だったそうです。ビートルズは来日の前年、1965年に英国のエリザベス女王から、英国の外貨獲得という功績から勲章を授与されるほどであったため、事故に巻き込まれるようなことなどがあっては国際問題になると考えられ、厳重な警備体制がとられたようです。

そうした中、民間で身辺警備を設立間もないセントラル警備保障が担当したことが話題となったんだそうです。

CSP最初の大仕事は1966年に来日した世界的大スター、ビートルズの身辺警備でした!この仕事を無事完遂したことで、多大な信頼を得ることができました。

https://www.we-are-csp.co.jp/personal/about.php CSPってこんな会社

飯田亮氏と戸田壽一氏が生み出した日本初の機械警備システム

セコム創業者の飯田亮氏と戸田壽一氏は「警備契約の件数が増えると警備員の人数も増え、警備の品質にバラつきがでる恐れがある」「日本経済は高度成長期にあって、人件費が高騰。人的警備の価格が向上すると利用できる顧客が限定されてくる」などを背景に、1964年には遠方通報監視装置、つまりオンライン安全システムの開発に取り組み始めました。

東京オリンピックが閉幕して間もない1964 年11月、創業者2人は、”遠方通報監視装置”の製作を依頼するために、東京都八王子市にある芝電気(現・日立国際電気)八王子工場を訪ねました。その装置は2年後に完成する、わが国初のオンライン安全システム「SPアラーム」の試作機でした。

https://www.secom.co.jp/flashnews/backnumber/20121018.html 木曜コラム セコム50年の歩み

このオンライン安全システムが1966年に完成し、市場投入された日本初の機械警備システム「SPアラーム」です。このシステムは現在利用されている機械警備システムと概念・考え方は同様です。警備会社の契約先企業の建物にセンサーとコントローラーを設置し、通信回線で管制センターと接続。侵入や火災などの発生を感知すると、異常信号が送られ、最寄りの緊急対処員が現場に向かうという仕組みです。

セコムのSPアラームは社団法人発明協会の「戦後日本のイノベーション100選」に選ばれています。

1966年、セコムは日本初の機械警備システム「SPアラーム」を開発し商品化した。これは警備員の誰がやっても同じ品質のサービスを提供できるように、言い換えれば人間の資質、体調などにかかわらず所要の警備を確実に実施する体制構築を目指したものであった。

http://koueki.jiii.or.jp/innovation100/innovation_detail.php?eid=00051&age=stable-growth&page=keii 戦後日本のイノベーション100選

機械警備システムはセコムに続き、1967年、ALSOKが「総合ガードシステム(現在のALSOKガードシステム)」を市場投入しています。

現在の警備会社は情報ネットワーク監視も

国内には現在、セコム、ALSOK、CSPという東証1部上場の警備会社だけでなく、大中小、多くの警備会社があり、多くの警備員が人々の生命・身体・財産を守るため、日夜活躍しています。警備会社の業界団体、一般社団法人全国警備業協会の発表によれば、現在、国内にある警備業者は約9,200社、警備員は約53万人になっており、大きな産業になっているといえるでしょう。

セキュリティーという概念も変化してきました。警備会社はこれまでの施設や交通、身辺の警備や警護に加え、インターネットの普及とともに重要性が高まっている「情報ネットワークの警備・警護」という事業への取り組みも行われています。

セコムでは個人情報の流出やデータベースへの不正アクセスなどから企業を守る情報セキュリティーサービスを提供しています。またALSOKでは地域金融機関向けサイバーセキュリティソリューションや、社内情報ネットワークシステムの監視を始めとする安全強化ソリューションなどのメニューを用意しています。

このほか、警備会社各社はそれぞれ特色のあるセキュリティーサービスを提供することで、安全に安心できる社会づくりに貢献しています。

警備会社で求められる人材

安全、安心な社会づくりに貢献している警備会社ではどんな人物が求められているのでしょうか?

セコムの新卒採用サイトではその人物像として、「誰かの役に立つことを喜びと感じ、挑戦意欲の高い人」を掲げています。

「社業を通じて社会に貢献する」のが私たちセコムの役割ですから、周りの人々の役に立つことを喜びと感じる人、そのための挑戦意欲が高い人に、ぜひ仲間になってほしい。時代の変化を先読みし、どうしたら世の中の役に立てるか、知的好奇心が旺盛で、日々成長できる想像力の豊かな人を求めています。

https://www.secom.co.jp/recruit/01/company/message.html セコム新卒採用サイト 会長メッセージ

一方、ALSOKでは新卒採用サイトで「誠実でコミュニケーション能力があり主体性を持った人」を掲げています。

お客様の生命・財産を守る仕事ですので、特に誠実であることが重要だと考えています。 例えば、約束の時間を守る、礼節をわきまえているなど、社会人として当たり前のことができることは基本ですね。

https://www.alsok.co.jp/saiyo/newgraduate/message/ ALSOK新卒採用サイト

また、CSPでは「自律型人材」を掲げています。これは積極性・誠実さ・コミュニケーション力があり、自分で考えて行動できる人だそうです。

積極性では「明るくハキハキとしている」や「困難なことでもあきらめずやり遂げる」、誠実さでは「「真面目に業務に取り組める」「常に相手を思いやる」、コミュニケーション力では「報告・連絡・相談が適切に行える」「お客さま、周囲の人と信頼関係を築ける」などを具体例として挙げています。

https://www.we-are-csp.co.jp/recruit/ CSP採用情報

まとめ

警備業は人々、企業や団体、そして社会の安心、安全に貢献する事業です。「水と安全はタダ」と言われた時代もありましたが、現在はその考え方も変わってきています。警備業は人々の生活の安全を守る生活安全産業であり、その役割、今後ますますの活躍には大きな期待が寄せられています。

企業情報

社名 セコム株式会社
所在地 東京都渋谷区神宮前1-5-1
コーポレートサイト https://www.secom.co.jp/

 

社名 総合警備保障株式会社(ALSOK)
所在地 東京都港区元赤坂1-6-6
コーポレートサイト https://www.alsok.co.jp/

 

社名 セントラル警備保障株式会社(CSP)
所在地 新宿区西新宿2-4-1 新宿NSビル
コーポレートサイト https://www.we-are-csp.co.jp/